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 19 サビタ クプクプ (Sabita,Kupu-kupu, Orchid Tree)

◆蘭はどれも蝶のようだ。花びらに水分を溜めていないので、ちょうど蝶の羽のように薄い。木の幹からまるで、その幹に植えられたかのように生えている。
◆バリ島で見る花で一番美しいと思う。が、フランジパニのようにいつも見るわけではない。
◆シェラトンヌサインダーにはこの花が多い。しかし、この花を駆使しているところがみえみえで、植え方、寄生のさせかたに違和感がある。
◆何気なく、ふと美しいものに気づく、それがサビタだった、というのがよい。つまり、この花は群れにならず、目の高さの木の幹に2つペアになって咲いている。ふと目の高さで出会う花なのだ。じっと見る、見るだけである。不思議なものだ、触れないのだ。フランジパニだったらきっと触ると思う。 色が紫系で高貴すぎるからだろうか。絶妙なバランスで成り立っているその姿形ゆえだろうか。触れば壊れると思うからか。とにかく触れない。一度試してみるとよい。


 20 ヌサ インダー (Nusa Indah, Virgin Tree)

◆英語圏人がつけると Virgin Tree. バリ人がつけると Nusa Indah. これで、センスがわかるというものだ。以前にもこのことは書いた。 Datura をTrumpet flowerと呼び、kurinum bakungをSpider lily と呼ぶ無神経さは、これらの国の食がまずいのと似ている。細やかな神経というものが感じられないのだ。
◆妄想のような花。マジックのような花。肉のような色とピンク色のあいだのような色をしたの花の中からまた小さな黄色い花がでている。手品師が手の中から何かをだしてくるように、英語圏の言葉をさらに妄想すれば、女陰のなかから清楚な花が咲いたかのように。この場合、女陰とは肉づきのよい葉が上部のほうでピンク系に変化した部分である。
◆麗しの島、美しい島とインドネシアの人々は呼んでいる。ヌサインダーはよく耳にする言葉である。シェラトンヌサインダー、ヌサインダーリゾートetc.
◆ヌサインダーが一面に咲く島。もし、そういう庭園があれば、遊園地より楽しいにちがいない。
◆この花は神への供花としても当然使われる。


 21 ジェンピリン (jempiring, Gardenia)

◆ガーデニアという有名な花である。その命は短い。だからホテルやレストランなどお客を相手とするところでは見かけない。お供えには使われる。やはり神はお好みあそばれるのだ。花びらは精巧な質の高い陶器のような感じがする。それほど花の完成度が高い。触ればぽろりと落ちてしまいそうなというか、熱帯の奔放さ、強靭さがなさそうだ。
◆バラにも似ている。こういう花を一輪でも毎日取り替えてくれるホテルがあれば、気分はいいだろう。
◆デンパサールに花屋さんが並ぶ通りがある。デンパサールを通るとき、タクシーの運転手にお願いすれば、連れていってくれる。
◆この花を花屋で買うとしよう。それをどんな花瓶にいれるのか、が問題だ。
そのセンスが問われる美しく、しめやかで、あやうい花だ。


 22 プチュック グリンシン (Pucuk Geringsing, Coral Hibiscus)

◆心の中にくぐもる邪悪。あるいは性格から導きだされた善なる悪。悪なる善。
インドネシアには邪悪な思いも成し遂げようとブラックマジックにひそかににでかけ、マジックをかけられたと思えば、その呪いを解きににホワイトマジックにでかける。バリアンと呼ばれる呪師である。
◆バリ人がこの花をみるとブラックマジックを連想するという。これは悪いことを意味するのか。
◆心の中をよくのぞいてみる。赤い炎がチロチロと燃えている。どうしようもなく燃えている。燃えている限り我々は生きる。その炎とプチュック グリンシンの花をダブらせてみる。
◆プチュックの色と形状はぴったりではないか。
プチュックの赤はグリンシン(テガナン村のダブルイカット)の染色にも使われる。 なぜ、ブラックマジックを連想させる花を使うのか。縦糸と横糸を織り込めていくとき、人の赤い炎も閉じ込める。この炎がある限り、それがたとえ小さな炎で、やがて人を厄災に導こうとも、人間の業であるぞ、とプチュック グリンシンは闇の中の宙にぶら下がってチロチロと我々に言うのである。
◆織りあげたと同時に転化が起こり、グリンシンは霊力をはねのけるエネルギーとなるのである。

 23 トゥンバック ラジャ (Tumbak raja, Pagota flower)

◆庭はしめやかな緑の葉で覆われ、そこからパゴダが意味のごとく仏塔のようにたっている。小さな花が幾つも集まって、どこか空虚な塔を形成している。花は女だと感じていたが、だから濃密に着飾り、匂いを出し、あるいは楚々とし、可憐で、という女性を表すような形容詞や副詞が使われるのだが、どこか空虚な花というのは、花として不思議な気がする。
◆空間を感じるから空虚に思えるのだ。赤は赤でも妖艶さもあでやかさもない赤だから、地味なのだ。
◆空虚の中に手を入れてみると罰があたったような気になるのではないか。
この花と花の間、内側にはなにか大切なものを据えおかれているのではないか。この目の向こうに見えるものではなく目ではとらえられないもの。たとえば、想い。
◆想いがパゴダに閉じ込められて、そこに滞留する。滞留する期間だけパゴダは咲いては三角形の形を作る。
◆昔、「砂の器」という映画をみた。波が寄せる砂の上に少年は砂を盛って塔のようなものを作っていた。そのシーンが思いだされた。
◆パゴダのある庭は映画によく似合うとも思った。

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