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 26 ブンゴセカン スタイルの絵

遠近法が使われてもしいるのもある。平面的に描かれているものもある。
花鳥風月。蓮の花が咲き、必ずと言っていいほど、鳥がいる。
 はじめは、「なんだこんな安っぽい絵」と思う。がだんだんとこれはあるバリの雰囲気を伝えていることがわかってくる。するとひとつ買おうか、となる。日本の居間には似合わない。空間的な雰囲気が必要だ。
 ホテルの部屋に飾ってあるのを見るがよくない。飾りかたが難しい絵である。なぜか。熱帯のエネルギーのようなものが溢れてきて、部屋中が催淫のアロマのような匂いを放ち、部屋との一体感で遠慮するのではなく、絵だけが過剰にアロマを放っているのである。


 27 ガラス

 ガラスのものが増えてきた。ガラスのテーブルウエアー、ガラスのオブジェ、ガラスのランプシェイド。バリにはステンドグラスもあるが、ガラスを鉄線で編み上げたようなランプシェドがいたるところで見られるようになり、ガラスが今度はビーズになったりしてこれもまたどこでも見受けられるようになった。この3年の間の変化である。
 しかしまあ、日本で使えば、使う場所、つまり背景がないようなものだが、バリで使われるとバリの情緒の中に溶け込んでしまう。
 きっとこれも最初は外国人が考えたにちがいない。そうしてバリは技術とデザインを模倣し、さらに変形し、バリのものらしく見せていったのではないか。
 新宿の紀の国屋の通りに「菜遊季」という和食のレストランがビルの確か7階だったか、にある。エレベーターを出るとそこはもう別世界である。和がインテリアでさらに西洋と東洋の感覚を取り込んだ風である。人が通る廊下の隅にバリのガラスランプシェイドが置いてある。ぼんやりと光を放ち、とてもよいムードだった。
 この店をデザインした人の、このガラスを運ぶ心のときめきがわかるような気がした。


 28 トラディショナル バティック

 木綿や絹に伝統的な模様と色を染めたものをバティックと呼ぶ。丹念に探せば、色と柄が素敵な味わいをだしているものがあり、やはり素敵なものは値段も高い。
 バティックをキルティングしてクッションを作る。これが素敵である。
 バリ スタイルを現代化させたものでは上位ランクだと思う。
 こういうアレンジのしかたはバリ人ではなく、中国系インドネシア人のデザイナーや外国人が試みる。
 このバティック柄にビーズをはりつけていく。発想は次々と試みられる。あるいはアッタのバッグに巾着をつける。巾着をシルクのバティックにする。
 現代の新しいデザインのバティックはいかにも生地が悪く、染料もよくない。知る人ぞ知る トラディショナル バティックは普遍的なのだ。
 試してみたらよい。時代を越えて、どの場所ででも合うのである。不思議な柄だ。


 29 壷のある風景

 大から小までわんさとバリ島にある壷。ホテルの庭や通り道には口の広いひろい大きなもの。ロビーでは花器に使う。庭や玄関にも置かれる。
 セダッ マラム を飾るのに使う。広口の壷のなかで睡蓮を浮かべる。
 例えば、アラムジワのようなアンテイックな家具をしつらえた家。そこの広い庭に大きな壷がおいてある。目にとまる空間配置であり、邪魔さもない。ほどよいアクセントとなっている。日本でとなると、趣が違ってくる。オーストラリア人には人気がありそうだ。彼らには大きな庭や家がある。そして新しい国だからかアンテイーックのものに憧れる。
 バリ風の別荘には、壷は大いなるポイントとなる。仮に大きな壷を置いたとすると、気持ちも大きくなるものかもしれない。


 30 祈りの手
 椰子の葉と香り花であるサンダットやチュンパカの花びらを人差し指と中指に挟む。神に向って何かを語りかけているのか、ただひたすらひれ伏すように、感謝を念じているのかわからないが、祈る姿は敬虔である。
 これは「敬虔の形」かもしれない。
 「人間って、なにものかにひれ伏す時があっていいんだ」と若い頃、年上の誰かに言われた。重い言葉だった。いつの間にか高慢ちきになり、いつの間にか、自分の世界がすべてになる。おそらく、そういうことを戒めたかったに違いない。
 祈りの手の指、爪に泥がついている。
 これを不潔ととるならば、そう感じたものが病気のような気がする。

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