* 代わり映えしない今日この頃
9月9日から17日まで、毎年恒例のNUSA DUA FESTIVALが開催されている。ヌサドゥアのホテル街にてワンパターンの催し物が楽しめる。パレードやコンテストなどを中心に、フードコートなどが並んでいるはずだ。数年前に開幕式を見に行ったことがあったが、現地の人ばかりでいわゆる外国人観光客はほとんど見かけられなかった。
この現象はまるで『バリ州芸術祭』と同じ。毎年6月中旬から7月中旬にかけて開催されるこの行事も、完全にモノトーンと化していて、まるでお化け屋敷のようだ。「今年はこんな斬新な踊りが・・・・・・」とか、「外国からの舞踏団が勢ぞろい!」などといった見出しが毎回並ぶが、実際には何も代わり映えしていない。
いや、ホントは変化があるのかもしれない。しかし、一般の地元観光客にその変化が感じられにくい。理想を言えば、この種のイベントが地元の人々にとって毎年胸を躍らせるようなものであれば、客入りや海外からの注目度も自然と変わってくるものだと思われる。
しかしながら実際は、催しへの参加者、見せる側の家族が地方から詰め掛けて観客動員数アップのお手伝いをしているだけのことだ。内側からの爆発が誘発できない島民性なのか、果たして変化の似合わない地理条件なのか、はたまた精神的に裕福な島民に向上心というものがないのかどうかは分からないが、観光業で国の生計を立てていきたい以上は、タイヤやマレーシアのようにしっかりと予算を計上して国を挙げて宣伝していかなくてはならない。
ここで予算という言葉に敏感に反応してしまう・・・・・・。日本と違ってきちんと独立した既に60歳にもなった国。予算は絶対あるはずだ! 問題なのはその使い方と管理方だ。インドネシア人にはこれが難しいのだと思われる。
その第一の理由はもちろん、『汚職文化』だ。新聞では、「アチェ津波援助資金が一体どのように使われてどこへ消えていったのか誰にも分からない・・・・・・」とあった。どうやら、一部の権力者が、そのパワーに応じて各地方に分配してしまったとも言われている。世界の被援助国ではよくあることだが、あれだけ世界を騒がせた自然災害の場合でも、あれだけたくさんの援助金・援助物資の場合でも、やはり流れてしまうのかと非常に寂しい思いをした。
結局のところはそのレベルの国であり、そのレベルの人間でしかないということなのだろう。世界の先進国同様、いやそれらの国々以上に原油価格高騰問題に悩まされているはずのインドネシア。つい先日には、油関係全般を仕切っている国営石油会社プルタミナが会社ぐるみで横流ししている実態が報道された。実態と事実究明とはかなり乖離したものであるから、どこまで犯罪として追い詰めていけるのか分からないが、「お前がそれやってたらいつになっても経済が発展しないだろう!!」と怒鳴りたくなってしまう。
この国も汚職はかなりひどい。ひどいとはずぅ〜っと前から知っていたが、現大統領が汚職撲滅に頑張れば頑張るほど、『氷山の一角』が『南極大陸の氷世界』のように平たく良く見えてくるようになるだけで、見えちゃいけなかった数々の汚職行為が一体法的にどのように解決されたのかはっきりすることはまずない。
昨年9月7日にオランダへ向かう飛行機の中で毒殺された人権擁護運動家ムニ−ル氏の捜査は、1年経った今でも、たった一人の容疑者、しかも実行犯レベルでしか裁判所へ引きずり出すことができないでいる。情報省とガルーダ航空幹部の関与がほぼ確定的になっているものの、ブレーン追訴のその後の動きはなく、おそらくその容疑者に実刑判決が下ってケースクローズとなってしまうのだろう・・・・・・。
毎週のように緊急着陸やオーバーランや着陸失敗といった航空機関係のニュースが続いたこの数週間、新聞を読むたびに思いっきり落ち込んでました・・・・・・。
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