POLA PIKIRAN(考え方)

* バリでの大勢
さて今回は、『考え方』です。バリの人々は、非常に『消極的』で、『保守的』で、『受け身』な考え方の人々が多いように感じられます。多くの方がご存知のように、他人の面前もしくは大勢の仲間と、激しい討論や意見の交換をするといった文化はあまり見受けられません。一応私も勤め人なので、現地スタッフと一緒に仕事しているわけですが、以前の職場は現地スタッフがほとんどいなかったのでアメリカ人のボスと毎日喧嘩しながら仕事していましたが、現在の職場は現地スタッフもそこそこいて、“毎日喧嘩”というわけにはもちろんいきません。


おそらく個人的な性格も影響しているのは間違いないと思われますが、バリ島の人々は『変化』に非常に消極的だと思われます。文化や伝統に関してであればそれもうなずけるのですが、『仕事(ビジネス)』に関してはそういうわけにはいかないと思うのです。特に特化してお話したいのが、『ミスを減らすため』や『よりリスクを少なくするため』や『より利益率を高めるため』などの“(作業)システム改善”という点です。ひょっとしたら日本のいくつかの企業でもそうなのかもしれませんが、バリの人々はそういった改善のための努力にやや消極的です。


私はそういった改善などから進歩などを感じて、いわゆる『満足』を得られるのですが、ここでは物事がひたすら淡々と流れることが多いです。既存の姿を変えようとか、既存のものに疑問を向ける、といった考え方を持つ人たちが少ないです。文化・慣習・歴史・宗教といった点もかなりの割合で影響していると思いますが、本当に“疑問なく現状を受け入れる”人々が多いような気がしてなりません(きっとこれが、デモのない所以かもしれません)。


肯定的な見方をすれば、神様に与えられた現状・環境に感謝・満足して、和を尊び、問題を起こすことなく、確実に毎日を過ごしていくことは確かに素晴らしいことだと思われます。そこに、“耐える”といった日本的美学が加えられたら、バリの人たちも日本人もそれほどかけ離れていないのかな、何て思ってしまいます。やや宗教的に見れば、いずれはもとの場所に帰るはずの、一時的に人間としての生と肉体を与えられた自分たちは、与えられた環境の中で“精一杯の努力(ここの努力の解釈に幅が生じると思われます)”をする、慎みをもった謙虚な生き方をしなければならない、といった感じでしょうか!?  そうそう、私の家内はよく言います。能力に応じたところに生を与えられているのだから、現状への不満などはもってのほかで、努力するのみだと(ここでも努力の解釈が・・・・・・)。


逆に批判的な見方をすると、『非進歩的』であったり、『甘えの構造』であったり、『責任の所在の不明瞭さ』であったりすると思われます。バリ島だって世界経済の流れの中に身を置いている以上、ビジネスや経済に敏感になってゆかざるを得ないのです。彼らの良いところは、その“優しさ”であるのはもちろんですが、守るべきところと変化させるべきところを、時代の流れに沿って判断していかなければなりません。


ちなみに私の場合は、“タイミングを待つ”ということができなくて、エゴが強いので、逆にバリの人々から学ばなければいけない状況で・・・・。