| *テーマは『とき』 いよいよやって参りました、年中行事となった『バリ州芸術祭(通称PKB=ペーカーベー)』の季節です。今年は、6月18日から7月 16日までの日程で、いつもの通り、デンパサールのアートセンターを中心に各種催し物が開催されます。 開幕日となる6月18 日は、デンパサール東部はルノンにある『二ティ・マンダラ独立闘争記念公園(通称ルノン公園)』にて、大々的なオープニング・パレードが行なわれます。このパレードはそれはそれは華やかなもので、多くの(!?)外国人観光客も訪れます。 そんな一大イベントまで1ヶ月を切ったころ、バリ・ポストにPKBの記事が大々的に載っていました。いわゆる宣伝広告なわけですが、何でも今回は第 27回目であり、テーマは『Sang Kala』(Kalaは“とき ”という意味)だそうです。 数名の著名人がコメントを寄せていたのですが、それだけを読んでると「とてつもなくすごぉ〜〜いイベント!!」のように感じます。何でも、「芸術は神への捧げ物であり」、「出展作品をテーマである“とき”にどこまで結び付けられるかは芸術家自身の能力次第であり」、「シワ神が地球や宇宙を回転させていて」、「“とき”というのは芸術家にとって非常に重要なもので、時代の流れに流されてしまうことは良くないが、時代の流れに沿うことは大事であり、創造することに終わりはない」らしい。 さらには、「芸術家は質の高い作品を創造していくことを期待されているが、上手に“とき”というものを活用していかないと“後れる”ことになり、ひいては大衆にも見放されていってしまう」のだそうです(時代に迎合するということを言っているよう・・・・・・)。 そういう意味では、外国からの舞踏団やグループの参加があるのは、“とき”の流れに上手についていっているひとつの証しのようだ。ところが、上述の記事の横に囲みのコラムがあり、別の角度からのコメントもあった。 実はルノン公園のPKB の前段階として各県や市でもプレPKBが開催される。そのため、「PKBが開催されるときには、大衆の興味は既に失せてしまっていて来場者数も非常に少ない(地域のプレPKBで既に燃焼済み!?)」、「催し物やイベントがワンパターンで」、「なんで、寺院訪問用民族衣装コンテストがあるのだ???」と、そのコラムは力が入っていた。 何でも本来は、寺院でお祈りするのに特定のモードは必要なく、服装と心が清楚でさせあれば良いらしい。それなのにこんな訳の分からないコンテストを開催するから、『(流行を追った特定の服装でないと)恥ずかしくて寺院でお祈りできない。』といったネガティブな影響が若者に広がると警鐘していた。 さらに、「商業用ではない神に捧げる神聖な踊りなど(例としてはBaris Gede=バリス・グデや聖剣クリスで胸を指すものなど)をどうして大衆に披露してしまうのか?」、「PKBはバリ・ヒンドゥー教文化の歴史的な部分にインスピレーションを与えることができなければならない。そういう点から、神聖度の一番高いものではなく、宗教色はあるものやや新しいものを紹介するべき」らしい。 この囲みコラム、まだまだコメントが続く。「バリ島全体にいわゆるポップな文化が広まりだして、伝統的な舞台劇などでも社会風刺や政治風刺などのジョークが蔓延。いわゆる躾けの役割を果たしてきたストーリーなどは消滅してしまった。以前はバリ人によるバリの伝統的なお菓子などを売る屋台があったが、いまはバリ人ではない人たちに取って代わられている・・・・・・・。いっそのこと、『バリ州芸術商業展覧会』に改名して毎年開催を止めたほうがいい。」とまで言っている。 こういうのって、よくあるパターンの論議(!?)なのだろうけど、PKB がバリ島に住む人たちにとってほとんど興味のないものになっているのは事実だろうと思う(参加する子供たちとその家族は例外)。何しろ代わり映えしないので私の家内も行きたがらない。それに、バリ人にとっての本当の芸術は、毎日の中に溢れているし、神聖な踊りなども特定の日に特定の場所楽しめる。といって、外国人観光客誘致プロモーションがあるわけでもない・・・・・・。 結局、『毎年やることになっているから、時代の流れに流されながらバリエーションを少し加えていこう!』という感じか !? 現在における開催の“目的&意義”などといった偏頭痛を起こしそうなトピックを考えるのは非常に面倒なことなのだろう。 今回のテーマ『とき』。参加する芸術家ではなく、開催する政府側の人たちにもっと深く考えてもらいたいテーマのようだ。 |