| 2002年5月12日 廃虚 もう何度めのバリなんだろう。バリに行く時は当然仕事だから、目的をもって行く。 しかし今回のはそれが漫然としている。漫然としているはずがなく、するべき事を整理して飛行機に乗ったはずなのに、心ここに落ち着かず、という感じになってしまったのだ。 そうなった原因はわかっている。二冊の本を読んだからだ。三木成夫の「胎児の世界」は10ヶ月の胎児の世界で実は30億年前の生物の誕生から、今日までの歴史を再現することを検証している。この本をじっくりと読み、僕らが魚だったことがあり、両生類や爬虫類、それに空を飛ぶ鳥類だったことがあること、あるいは植物であったことも、三木成夫独特な文体で描かれている。 これを読んだことだ。 羊水の海に浮かぶ自分が胎児だった頃の感覚は今呼び戻すことはできないが、僕の細胞のひとつひとつの原形質の中に刻印されている記憶がある。文をゆっくり読みながら、羊水の中で変化をしていき、海から陸に上がる苦闘の一億年をわずか7日間ほどで通過してゆく(それは母親の「つわり」の時期に相当している。)様を思い浮かべる。 人間は未来を築き上げていく時も、過去の懐かしい記憶を手がかりにしていくのではないか、と思ったり、懐かしさの果てのところまで、イメージできるようになってきた比較生態学のすごさを思ったり、気分は、仕事のことなどではないのである。 もう一冊は久しぶりに駅のキオスクで買った村上春樹の短編集である。 村上春樹の小説は「ノルウェーの森」があまりにも切ない話だったが、その切なさを倍にしたくらいもっと切ない話の集まりだった。 すべて、話の入り口しか書かれていない短編ばかりなのだが、阪神大震災が起り、その映し出されるテレビ映像を倦むことなく見続けていた妻がある日、書置きを残して忽然を姿を消してしまう。 夫にとっては十分に日常が平和だったのだが、妻の書置きには、「問題は、あなたが私に何も与えてくれないことです。もっとはっきり言えば、あなたの中に私に与えるべきものが何ひとつないことです。あなたは優しくて親切でハンサムだけれど、あんたのとの生活は、空気のかたまりと一緒に暮らしているみたいでした。でもそれはもちろんあんた一人の責任ではありません。(後略)」 夫は、いくら待ったところで、いくら考えたところで、ものごとはもう元には戻らないだろうことがよくわかっていた。そして一週間の旅に出た。会社の同僚に釧路まで持っていってくれと、小さな箱を持って出かけたのである。空港で、その箱を受け取りにやってきた同僚の妹とその友達が男を誘い、ラーメンを食べ、用意されていたラブホテルに泊まることになる。同僚の妹は箱を持って帰り、その友達が部屋に居残ることになるが、小説の最後で「空気のかたまり」とは何だろう、という話になる。男は「中身がないということだと思う」と答える。 そうして、急に、彼が運んできた箱の中身は何だったのだろう、と疑問に思う。妹の友達はひっそりとした声で、「小林さんの中身が、あの箱の中に入っていたからよ。小林さんはそのことを知らずにここまで運んできて、自分の手で佐々木さんに渡しちゃったのよ。だからもう小林さんの中身は戻ってこない。」と思いつきのでまかせか、冗談かを言う。男は、遠いところまで来てしまったように思う。 1995年に起きた阪神大震災がモチーフとなって、人間の内なる廃墟を、オウム真理教の影もでながら描いていた。 わずか30ページの文字の並びからあふれでてくる切なさは何なんだろう。 一瞬にして崩壊した近代都市と無関係な人を突然に殺した地下鉄サリン事件。それは当事者たちだけでなく、テレビで映像を追った僕らの中に、あるいは社会の中にどうつながっているのだろう。妻は廃墟となった神戸の町に夫の心の廃墟か、自分の心の廃墟を映し出してしまったのだろうか。 あれから7年。まだ始まったばかりである。明日がよく見えない。 二つの書物から、こういう気分に陥っている。僕も崩壊を味わった一人だった。 2002年5月13日 NさんやSさん インターネット上のホームページは、バリ島を仲介として様々な人に出会わせてくれる。実に様々である。日頃尾鷲にいる僕の生活では会うことのない人たちである。 リゾートに来る人、仕事で来る人、いろいろであるが、昨日の朝は長野のNさんと空港で会った。なんとか彼女の愛するロックパンドをハードロックカフェで演奏させ、ファンツアーも実現させたいと思っている。 バリ島に着いた夜、元レッドウォリアーズでベースを担当していたジェームズさん夫妻とグランブルーでNさんと共に夕食をご一緒した。ある時期に爆発し、潮が引くように関心が移り変わってゆく支持層と層そのものが薄い日本のロックミュージックの悲哀の中で、自分が40を過ぎてどう生きていくのかの幾つかの候補を同時に歩んで試してみようと思っているジェームズさんだった。 もの静かな人だった。 バリで会社をすべてまかされて、いっしょうけんめいになって責任を果たそうとし、それでも本社との軋轢が起き、なんとか事態を自分も含めてもっと発展的に解決してゆこうとするSさんに翌日、日曜日の午後会った。 バリ人の脳みその中を割って、のぞいたことないのでわからないが、日本人はたくさんのことを思い、考えなければならない段階に来てしまっているのかも知れない、と思ったりする。 人類が考えてきたことの根本的なところは2000年以上も前に考え尽くされているような気もするが、そういう蓄積のもと、もっともっと星の数ほどにも頭の中で思い考えなければならないのか、と思うとちょっとしたしんどさを思わざるを得ない。 人はどうして知識などを持ってしまったのだろうか、という嘆息と探求は知識なしではあり得ず、未来もまた知識なくしてあり得ないでかないか、という知の喜びが相反して同時に裂かれてしまう。 Nさんは以前臨死の体験をしたのだそうだ。そのときに見た光景と気持ちよさが忘れられず、バリ島に来るのだそうだ。死に頻したことのある人がトランスに陥る人々の中に何も思っているのだろう。死に頻したことで、今を精一杯に楽しみたい、やり残したくないという思いも強くなったという。それは知識をも取り払って、生と死の境地に身を任せてしまう現象への親和感となっている。 Sさんは、自分の生きる基盤をここバリ島で築きあげようと、ほぼしている。 自分は社会や人間の関係性の中でどんな風に役立っているか。自分を評価し、認め、それ相応の金品があり役立っていると思うことのできる何かとは何か。探しながら止まり、幾分頑固になって、また進む。広い道だったものがやがて細い道となり、また広い道を求めてという風に人どうして歩まなければならないのか。 Sさんは頑張る。Nさんは気のおもむくままにやる。なぜか僕は切ない。それをうまくいえない。初めて会う人とは切ないものなのだろうか。だからもっと話をして、もっと心の世界を知ってみたいと思うのだろうか。どこまで、どの深さ、奥行きまで。 2002年5月14日 無言のバリ人 ウィドニー。21歳。ヌガラから働きに出ている。家族想いで、仕事にも励んで、適度に前向きで、客への応対も評判がよい。独身であり、バリでは美人と誰もが言う。 ワヤン。25歳。僕から見れば相当な美人。美しい姿、形をしているが、はつらつとしたところがない。19歳で結婚。アメリカのラヴソングが大好きでありながらアメリカ的な恋とはもっぱら遠い性格のように見える。 グスティー。21歳。既に結婚し、幼い妻をシガラジャに残したまま、単身でクタに来ている。子供ができてしまったからにはしかたがない、と責務の気持ちでいっぱいである。「お金のこと」が頭から離れないという。 ウェイトレスやウェイターをしていれば、語学力がつくと思っている。まして人間というのは、一度入った仕事の世界から、全く違うと思われる仕事の世界にいくことは困難である。だからブックツリーのオフィスワークに移ることに不安、恐怖を抱き移りたがらない。 「ここ」にとどまりたがり、別のところに移ろうとしても同じような「ここ」に移ってしまうのは、人間のもつ宿命みたいなものに思えてくる。 しかし、気持ちのどこかに、今自分をリセットできたら、とリセットする前を描いたようなドラマやリセットしてからありたいと思うようなドラマに心を向けてその日その日を過ごしてゆく。 人生に対して、あがき、もだえる、そういう自由の方を僕は好ましく思う。平穏でありたい、自然と共に暮らしたいというのも、自由のおかげである。たぶん、もだえたのだから。自分をよくよく考えたのだから。あるいは感性が平穏であること、自然の声聞きながら自然と共に暮らすことを求めたのだから。 ウィドニーもワヤンもグスティーもささやかな平穏を求めている。僕には、本当は彼らが何を思っているかのかわからない。「夢のカリフォルニア」というTVドラマの登場人物たちは、何を思い考えているのか、割合と明瞭にわかるのだが、ウィドニーたちの思いはわからない。つかめない。ガソリンが再び値上がったことが、ワールドカップの話と同様、人の口にのぼり、ジャワではデモまで起っているという。ガソリンが値上がることにより他の様々なものも値上がるのだが、ウィドニーたちの生活に影響してくる値上がり分の金額は3万ルピアほどである。 服、化粧品は我慢する。遊ぶことというのはほとんどない。食と住と儀式でほとんどを費やしてしまう。 享楽や刺戟は日本のように個別に分散されていないから、人々は性のことに集中するようになる。性に関する間合いが極端に短い。 普通性に関することでドラマは二幕、暗転、三幕、暗転とあるようなものだが、食の相から性の相が早く、また即食の相に変る、という交代劇は、余裕を生むことなく、人間とはこんなものかと結論づけてなんとなく人々は汲々としている。 観光の島となったバリに、逃れるようにして外国人たちがやってくる。メイフラワー号でやってきた清教徒たちと同じである。きつくなってきた母国の経験で、バリの人々を見る。バリ人を馬鹿にしきったかのような物言いでささやき合う。 人は誰もがその人の領分で心も身体も生きるに必死なのだが、それは天秤では量れないものだ。 しかしもがき苦しむことの自由は、先進国の人々は誇ってよいと思う。それだけが、自由を求めてきた歴史の価値である。しかし自慢にはならないし、優位でもない。 バリ人たちは無言で、他所から来た人々を抱えつづけている。裕福であるが心が生きられない人々がやってきて、貧しいが心は生きていけるバリ人。極端に思えばそうなる。 2002年5月15日 一日が一年 宇宙があって、太陽があり、月がある。地球は自転しながら公転をして、月の引力がもしかしたら遥か彼方の土星や木星からも影響を受けて宇宙が作りだす波動を浴び、また海の生物や陸の生物、無生物までも波動を起こしながら、そういう中に人間いるかも知れない。 ランブータンというゴムのような弾力のある棘皮があってブドウのような味がするバリの果物は3ヶ月に1度実をつける。マンゴーも同じである。この熱帯の気候の中でこの周期を守っている。3ヶ月に1度実がなるのなら、またすぐ食べられるさ、となる。“待ち遠しさ”も“はかなさ”や“さみしさ”もないだろう。 ブーゲンビリアもフランジーパニも毎日咲く。次々と枯れ、次々と咲く。そういうリズムである。気温は一年中だいだい一定している。温度も乾季こそは乾季というだけあってやや乾くが、だいだい一定していると言ってよい。温度は微妙に違うが、日本人からみれば一定していると言っていいだろう。 こういうところに長くいると心や身体はどうなってゆくのだろう、と思う。 神経は緩やかになり血管は弾力に富むものになる。動きが遅くなり、思考も緩やかになってしまう。感情は、千々に乱れず、儚さはなくなるだろう。花はすぐに咲き、実はすぐになるのだから。 日本では桜の時期になれば、すぐに満開になり、散ってしまう花を惜しみ、翌年までの時の流れを思う。あと何度桜が見れるだろうか、と。この季節の移り変わりに日本人は独特の美意識を育んできた。 一方、バリ島はめくるめくように花は散り、花は咲くが、何事もなかったかのように、変わらぬようにしてバリはある。どうもバリの人たちは、毎日の中で咲き、生まれ、死に、恨み、あきらめ、怒り、穏やかになっているのかもしれない。 1日は日本人の1年に相当し、人の一生はひどく長いのではないか、感覚的にそうでないのかと想像する。しかし、その心を見ることはできない。このことは、この3年の間、親和感で一緒に仕事をしてきたバリ人の時間感覚と僕の時間が替為差ほどに違っているのではないか、と思わせる。1年とか2年、3年のスパンで考えていないようなバリ人。今、そしてせいぜい明日。それは子供のようであるが、それが人生というものだ、となれば、僕には認識しようのないものである。ただ想像するばかりである。 2002年5月16日 外を知らない人々 これは生活の知恵だろうか。インドネシアは、(というより発展途上の国の人々はと言っていいかも知れないが)明らかになるべき段階になるまで物事が明かにならない。国や県が外国人に対して、インドネシアでビジネスをしたり、会社を起こしたり、居住したり、税金を払ったり、ということについて詳細は手引書をオープンにしてないからである。こういう元々の事情があるから、例えばこんなことが起きる。 僕は、バリ島から東京までの20フィートのコンテナー輸送料は手続し、梱包等も含めて1550ドルだと思っていた。えらく高いと不思議に思っていたのだが、ホームページで1100ドルで扱っている会社があってびっくり。カーゴ会社に、そのホームページをプリントアウトして、「おかしいじゃないか」と言い寄った。今度から1100ドルにすると言う。それでも本当はなお疑問である。カーゴ会社と船会社は一体どうなっているのか、明瞭ではない。とれるうちにとっておこう、バレたらひっこめようみたいな感じがする。郵便局のEMSも同様である。なぜか高い。国際的に共通した値段があるはずである。これも他の会社は〇〇ドルなのになぜうちが、と文句をいうと、さがることになる。 会社のこと、税金のこと、次から次へと小出しにしてくる。始めから言っておいてくれよ、とうんざりするが、もうどうしようもなく巻き込まれてしまっていて、相手が一枚も二枚も上手である。前にも書いたが、これは、ビジネスだけでなく、個人でも同じである。最後の最後まで言わない。とうとう本当の最後になって言い出す。なんとも、どうにもならないところだ。今日、県の税金をチェックしにくる人が来た。僕は不平を言った。「この国はフェアーじゃない。エステから税金を10%とろうとするなら税の表し方を統一するべきではないか。あるところは内税で、二重帳簿をする。正直に外税にしたところは、『税金をとるのか』と客に言われる。税を徹底したいのなら徹底して税の広告(エステとスポーツレジャーには国税以外に県税がかかる)をし、観光客を納得させたらどうか。その為には、外税で統一するとかすべてのエステ店に県税のシールを貼ってまわるとかしたらいいのではないか。」 彼らは穏やかに対応したが帰りがけ、「これから家族のような付き合いをしよう。」と言って握手をしてきた。こういうのが不気味なのだ。不気味でしょ? 一ヶ月に一度やってきて、チェックだけをし、税金はとらないのだ。こちらはちゃんと準備してある。たぶんこれが明らかになる日が来る。根くらべみたなものだ。 小さな世界、小さな共同体は恐い。個人もだが、家族も、共同体も、国家も聞かれた方がよいのは当然のことだ。この島は、薄い膜で覆われ誰も外の世界を見たことのない人が90%はいるのである。 2002年5月17日 グランウリ 買い付けのため、いろんな店をまわっていて、アグンは、Gelang Uli を見て、これだ、と思った。 海の植物(ウリ)からできた腕輪(グラン)である。一本のつるのようでバネがあって、輪になっている。この腕輪は幼児につければ骨を矯正し、大人がつければ、外からの悪霊から身を守ってくれるのだそうだ。これだ、とアグンが思ったのは、その腕輪に背景的なストーリーを感じとったからだ。 と言ってバリ人でこの腕輪をしている人を見かけないが、アグンの中に思い出として、不思議なまじないのような存在をふと思ったのだろう。 バリ人もこういう「お守り」系のものを軽んじるようになっている。この種のものは日本にはたくさんある。どこへ行ってもある。バリはヒンズーを利用しての商売っ気というものが日本の神道ほどないから、この腕輪も日本人向けだと思ったのかも知れない。 しかしこの腕輪は数珠のようになった、なんと言うのか知らないが人がよくつけているものよりは、ずっと良い。良いというのは雰囲気がよい。原始の趣がある。 海の植物を干して作ったのだろうが、これをブレスレットにしようと思ったのには何か理由があるに違いない。例えば、この腕輪をつけると、乳児が風呂で身体をバタバタするのがやむとか、この腕輪をたまたましていたら、大きな災難から免れたとか。あるいは外国人がやってきて、これはブレスレットにいいんじゃないの、と示唆されたから、もっと作って売ってみるとよく売れたとか、そこに人間の力が働いているに違いない。 若い頃は、迷信だと鼻で笑っていたが、身体に効力があるというのは別にしても、成り立ち方に人間の思いや感性がこもって、いいじゃないかと思う。が、僕はそれを身につけない。ファッションとしても僕に似合わないと思うが、それは夢枕獏のよく言うところの「安倍晴明」の言葉、「それは呪だよ。」である。名前すら呪であるのだから、身にまとい、身につけるものも呪である。 僕はこの腕輪をつけることによってある思われ方、をする。それが呪である。 僕は指輪ができない。髪を整えることも好きではない。バンダナなどはとてもじゃないができない。なるべくその種のところからは遠ざかっている。 久々に大当たりしそうなものを見つけてきたアグンはちょっと得意気である。こんなものが商品になるのか、とみんな不思議そうだが、やがて、この腕輪にまつわる話を個々人が始めて、座は和らぐのである。 2002年5月19日 沈黙 ほとんどの日本人にしてみれば、バリ島はリゾートで憩う場所、遊ぶ場所、趣味の場所、ひっそりと隠れる場所となる。 働く場所が日本にあって、年に一度か2度一週間ほど取れる休暇。あれやこれやと雑誌をめくり、インターネッで情報をとり、次はどのホテルにしよう、どんな過ごし方をしようと話すのは楽しいものだ。 自分にとってのリゾート地は、のめり込むことなくほどほどのつきあい方で、距離を置いておく。でないと大切なリゾート地であったはずのものがリゾート地ではなくなるのであり、厄介な場所となることもある。 僕はこれまでなんとかこの姿勢を保とうとしてきたのだが、やはり、バリ島でも仕事を持つ以上、だんだんとこの辺が怪しくなる。 外国人法人を設立して、接触をしなければならない人は特別な利権をもったり、地主層であったり。まずこの層の人々は腐っている。「利権」である。地主層は働らかない。こう書いて、この文がだれかにチクられたりすると、この層の人から「嫌がらせ」を受けるかもしれない。チクリはどこの国に行ってもいっぱいいるが、こんな思いをさせる国というのは明らかに後進国なのである。 この国インドネシアは未だ日本に社会基盤の整備ができていない。道路、通信、電気。それだけではない。法によって物事をすすめる、法をオープンにして、だれでも手続きができる、申告ができる、時間も守られる、ということがない。外国人には仕事をするのに困難な国だ。先進国の人間はお金を持っていて、高いお金を何についても(ビザ、会社手続き、出国税、飛行機チケット、売上税)払うのは当然だと思っているのではないだろうか。 日本からは1兆円もの借金をし、返済の繰り延べをされている。これをいたしかたのない贈与だという意識が僕らがもてればよいが、外国人からお金をなるべく多くとろうとする国家の姿勢がある。 この国の嫌な点と不気味な点はこれに尽きる。 このようなことがなければ、すべてが明らかになっていれば、すっきりと仕事ができ、合間に休暇を楽しみ、それから日本に気分よく帰れると思うが、妙に薄気味が悪い。 いろいろな日本人がバリで商売をしているのだが、みんなどう思っているのだろう。 土地を借りたり、家を建てたり、店を持ったりして、外国法人の株式会社を作ったりしてここに住んでいる人たちは皆安心して暮らしているのだろうか、と疑う。税金、在留許可証、、投資調整庁への報告。 県、警察への登録。こういう手続き関係にすっきりしないものがある。 アメリカはこの点は明快ですっきりしている。きちんと国として手続き上のことがアナウンスされているし、関係の手引き書を多くでている。インドネシアは国自体がアナウンスを明快にしていない。簡単な手引き書が英語ではあるが、たとえその通りにしても、時間がかかったり、たらい回しにされては何度も行かなければならなかったりする。早くするためには妙な代理人が存在するというわけである。 これは意識のレベルが相当に低いのと「金」が今もっとも緊急で重要な関心事だからである。 バリ島を神秘の国、神々の島だ、と言っても、それは大事なことを隠し、だれか利権を持つものたちが暗躍し、煙にまいているだけの話であり、この窮屈な共同体村落の中で、トランスでもしなければやりきれない心の鬱積があり、迷信と迷妄が今もずっと色濃く存在する島というだけである。 がしかし、リゾート地として、一観光客からしてみれば、度の気分で、見るものが珍しく、人々の笑顔は素晴らしく見えるし、第一に花はきれいだし、レゴンダンスやケチャッ ダンスも素晴らしい。ゆったりした時間の流れもいいものだ。 ちょっと僕はこの国からしばらく遠ざかりたいと思い始めている。人々は肝心なことを最後の最後になって言い、それまでは沈黙をする。だんだんと泥沼のようなところにはまりこんでいくようで、やっぱり薄気味が悪い。それがまだ取れない。取れたと思ったらまた出てくるというやつだ。 ところが一方で利権などとは関係なく生きている人たちがいる。90%以上は利権などとは関係がない。 神に真摯に祈り、ウィドニーのように自分で働いて。弟を自分のアパートに住まわせ、食費も彼女がだして援助している。それは家族のために当然のことだと思っている。 彼女たち普通の人々はやや近代化しつつあるバリ人の生活を送っている。ワイロもクソもない。 今回の帰国時に入管の係員が僕に聞いた。「なんていう会社」「グランブルー」と答えると、「どこにある」などと聞いてメモしている。「今度いくから」と言う。 一度夜中に押しかけてきたことがあったが、ああいう連中は、出国の際の情報を誰かに知らせるのだ。 金目のものを探している、と思われてもしかたがない。うんざりだ。 能力のない「日本領事館のバリ駐在所」は自分たちは「村役場」などと言っているが、村役場なのだったら、日本人が安心して働けるよう、外交交渉をやってほしいと思う。 と今回は「うんざり編」でした。 |