No.2(2000/01/10〜01/20)

2000年1月10日
なぜ殺すのか

愕然とすることがある。クロボカンの刑務所を脱獄した囚人のうちの二人が、タバナンで豚を盗もうとして村人に見つかり、そのうち一人が殺された。このニュースを知っていた僕は、バリに着くなりバリのスタッフにこの話の顛末をもっと聞こうとしたところ、スタッフの一人が別の話をし始めた。
12月の下旬頃、デンパサールの村にある家に3人の男たちが忍び込んだ。それに気がついた家の者は騒ぎオコカン(木のベル)を鳴らし、それが次々と村中に鳴り響くと村人たちが、くわやすき、鉄パイプなどをもって参集し、3人の男は殴り殺された。集団暴行に及んだのだ。以前にも物盗りにあったこの家の者たちは、見張りもつけ、待ちかまえていたようであったが、実際この3人が物盗りだったのかは判らず、バリのテレビニュースにもなったが、ニュースも伝えるだけで、集団暴行への批判はなかったようだ。警察も騒ぎが静まり、ゆっくりと来た、ということだった。
これを話したBali Book Treeのスタッフ、オカとイダは、当然のように話す。
なぜ捕まえて警察に渡さないのか。彼らの説明から、理由らしきものを挙げてみる。
1)3人は穢れている存在だ
2)警察に渡しても、彼らはお金ですぐ出てくる
3)村には自衛のシステムがある
これは、僕風に言い直したものだが、彼らはざっとこういう意味のことを述べた。
僕なりに更に推測してみる。
インドネシアの経済は、この2年ひどかった。物盗りも増えている。
物価もこの2年で4倍になった。バリはまだしも他の島に比べたら豊かなほうである。
バリは行政単位と村単位の二重構造になっている。村の結束は強く、後に導入された行政地区とは、全く別のように村は機能している。近代法が導入されているが、この法と村の習慣法とこれまた二重構造である。人々に宗教的な意識はあっても近代法の意識は低い。さらに、法を守り、行政を行い、政治をするという人々は、ワイロの構造に組み込まれている。この組み込まれ方は見事である。何が善なのか、何が悪いのかという問題を、村人による集団暴行はいとも簡単に越えてしまう。
仏教もキリスト教もこの問題は考えぬいている。「穢れ」という概念は、相当プリミティグなものである。仏教やヒンズー以前の思想以前の原始的な感情である。自分に悪いものが取り付く。これを除去する。祓う。ここにまで瞬時に村人たちは戻ってしまう。この無意識にヒンズーが重なり村落共同体が重なり、現代という先進国から押し寄せるものが重なる。
手の加えた村人が捕まることなく、この事件はおさまった。死んだものはどうなるのか。どう答えるのか。 明日聞いてみよう。


2000年1月11日
二重構造

涼しい良い天気。リゾート地は穏やかで、バリの気候はこんなにも良いものかと驚いていることだろう。国内からの観光客でクタやレギャンはごったがえしている。
今回の渡バリの目的は、会社規程の整備である。会社を一人前の成人にしていこうとするならば、必ず通る橋のようなものだ。
昨日の問いをする暇がなく、会社規程のうちの就業規則から、検討に入り始めた。日本語から英語へ、英語からインドネシア語にしながらの作業である。労働基準監督署には、外国法人は、インドネシア語と英語の2通りの提出が必要なのである。
ここでも、当然、僕らは、規程を二重構造の中でどちらをも充たすよう模索することになる。バリの習慣、バリの村々に生きる人々は、時に法というものを無化してしまうという出来事を昨日聞いたばかりなので、絶えず危惧がつきまとう。労働法には、働く人の為に、会社と社員が共に作り、会社と個人を発展させてゆこうとする理念がある。会社は、この規律を守り、また労働者も守るべきものである。危惧とは、このようなものである。
労働法を無化することもできれば、逆手に取ることもできるのではないかという疑心である。二重構造ゆえのしかたのない疑心である。
思えば、この疑心は、バリ人の一人一人の心の中にもある。僕が会った人の数、その限りで言えば、見知らぬ人を信用するまでかなり慎重で時間がかかる。
例えば、ワイロが系列だっている。商売をするにも、たまたまマネージャーと交渉することになると、売上の5%などと要求してくる。航空券しかり郵便局しかりあらゆるところで、この種のワイロが裏側で行われる。会社は、まともな決算、まともな税金を払うこともできかねるという環境なのだ。
となると仕入れに行かせる場合でも、二人で行かせて牽制させるか、現金仕入れをなくし、相手にも受書や納品書など徹底させるか、などしなければならい。初めのうちそんなことをしていたら仕事にならない。まず人を疑うことから始めなければ、という気持ちが僕らよりもずっと強く、そうあらねばならない相互作用が人々の間に充満しているように思える。
物盗りを捕まえても、警察は信用できない。物盗りも警察を信用していない。警察は行政府を信用していない。行政府は政治家を信用してない。そんなもの信用しなくったって我々は生きていけるんだ、というたくましさも垣間見えるのだが(きっと戦後の日本もそんな風だったのだろうが)。
このきりのない、やるせない疑心は、思えばアメリカなどの法で整備された社会の正反対の位置にあるものだ。アメリカなどでは、疑心は徹底して法によって明文化され、システム化されている。バリでは、疑心はそのまま人々の心の中にいつまでもあり、時に法を無化する。
アメリカ人やイギリス人、南アフリカ人、オーストラリア人、カナダ人、ニュージーランド人という英語圏の人々と仕事をしてきた僕がいつでも法を無化したり、突然法の方に身をすりよせるのではないかという段階の人々と共に仕事をしている。
ランダやバロンが村を守り、人々を守り、という中で、法によってしか成立できない法人はどのようにして守られるのか、僕には未知である。


2000年1月12日
死んだ者はどうなるか

さて、「殴り殺された三人の男たち、つまり死んだ者はどうなるのか」という問いに対して、イダ(シガラジャ出身、デンパサールの村在住 31才)とオカ(サヌール出身、サヌール在住 32才)は、どう答えたか。
答えは単純だった。「どうにもならない。無くなるだけだ。三人の者たちは他の島からやってきたのでバリ人ではない。つまり宗教も違う。それに関して感知しない。」ということである。「バリ人だったらどうなるのか」という問いには「また罪を背負って、生まれ変わってくる」と答える。「よっぽどひどい者は動物、たとえば牛とか豚、鶏とかになって生まれてくるだろう」という。
「殴り殺した」という罪の意識を村人は持っているだろうかと聞くとたぶんないだろうと答える。人一人一人の重い生命を抹殺してしまったと言うこと、他人の家に忍び込むにはそれなりの事情があったのではないか、という思い方はしないようだ。
「もちろん、俺たちは他人の家に忍び込むようなことはしない」と結論づける。
親鸞がいうような「今、人を千人殺せと言われても、人というのはできるわけではない。しかし、殺す縁(契機)さえあれば、誰にでも人を殺してしまうことがあり得るものなのだ。」という思想は別のとらえ方で処理されてしまっているように思える。
親鸞は、善と悪をウラとオモテの一体とは考えておらず、遠くの方(死の方)から善悪を眺め、相対的な善悪を我々の人間関係や社会の中で色の変化のようなものとしてとらえている。善いことをしようなどと思ったり、計らったりすることが、悪にもなってしまうというような変色である。
しかし、察するにバリの村々の行為やイダやオカの思い方、述べ方からすれば、悪は悪で絶対的に切りとり、善は善で絶対的であるかのようだ。
悪の化身であるランダは怖い。怖いからランダをねんごろに祀れば、ランダも気分をよくして、我々人間や村の味方になってくれる、というバリの伝統的な考え方は、人間関係や社会の中で、実は相対的に善悪をとらえているのではなく、ウラがオモテになるのではなく、ウラにオモテがあり、オモテにウラがあると相反しながら同じものという絶対的なもののようである。善悪を誰を中心としてみるか、という位置のとらえ方も親鸞とは違っている。親鸞は遠い位置からみている。
バリでは人々は、「自分を守っているもの」ということを中心において、都合よく善悪を考えていると言ってもいいかも知れない。
悪は怖い。だからねんごろに悪を祀れば、自分に危害を及ぼさないだろう。とすれば、自分にとって悪は善になり得るのである。
以上、全て推測に過ぎない。まだ、バリ人に共通する無意識や意識を知らなすぎる。
若い人々や事業での成功者の中には、村の厳しいルールを嫌がって緩やかなルールの村や新しい住宅地に住みたいと思ったり、実際に住んでいる人々も出てきている。しかし、今から先は未知なのだ。他の社会をひっぱり出してきて段階的にあてはめていくと、僕らのほうが間違えることになると考えている。


2000年1月13日
どう選んでゆくのか

バリでは車の免許をとるのが簡単で、35万ルピア程というのだから、僕から見て、相当安いように思える。
ところが、このお金がなかなか出せないし、たとえ出せたとしても車を買うお金まではなかなかないので、結局免許をとらないことになる人も多い。
バリは、今までは交通渋滞で道路事情も悪く、新しい道路建設も進んでいない。これ以上の交通渋滞は、バリ経済に悪影響を及ぼすだろうと思われる。
不況下においても車の数が増えつづけているのだから、現在、車が買えない者に余裕が出始めたら、どうなるのだろうかと心配する。経済マヒが起こる。人々に公的な税金を払うような意思が見られないので、余計心配である。
毎日たいへん良い日が続いている。1月は、こんなに涼しいのか、と思う。
ジャワ島のイスラムの人々は、1ヶ月ラマダンでジャワ島とのやりとりのある仕事も渋滞のまま、18日が過ぎて、たまった仕事が片付けられるのを待つしかない。だから、今はジャワからの旅行客が多い。
これほどの発展途上国の国で、お金お金と言っている人が多い国で、週40時間労働で休日が多いというのは、どうしてだろうと思うが、別に怠けたいわけではないだろうと思う。人口が多すぎるのが大きな理由のひとつだと考えられる。
バリが観光地として発展するまでは、村々の数多い祭礼によってものが行き交い人々の暮らしがある程度平均化し、その点での経済効果はあったと思えるが、現在はある一面で経済の発展にブレーキをかけているのではないかと思える。しかし、ある一面で、葬式などの儀式費用を蓄えることを強いても、経済的な成長を阻んだとしても宗教的生活を優先させるのだという意思も知る限りの人々の発言から汲み取ることができる。
30年以上も前の日本、その頃でも日常の生活は楽しかった。テレビは一部の家にあるだけで、ビデオはなくましてやコンピュータもなかった。けれど路地で遊ぶことも、時に遠出することも、学校の運動場で遊ぶことも、なんとなく急にやってきて急にしぼんでゆく遊びの流行についていくのも結構楽しかった。経済的には、今のバリの程度だった。そして日本は働くことに身を投じて、急速に経済成長をする道を選んだ。
バリが今後どのように選択してゆくのか、おそらく僕が生きている間くらいには、おぼろ気にわかるかも知れない。


2000年1月14日
周期

木に年輪があるのは学校でも習ったことだが、その年輪をさらに観察してゆくと、週輪というのがあり、人間の歯にも週輪のようなものがあると知って驚いた。つまり植物も人間も同じように7日を周期として生きているということだ。
仏教でも7の倍数が死後重要視されるが、これはどういう理由なのだろうか。なんとなく人間は周期の問題を知っているとしか思えない。
バリ・ジャワのウク暦で通過儀礼が行われるが、例えばバリでは赤ん坊は生後42日で清めの洗礼を受け、生後210日目で(ウク暦の1年)最初の誕生日が訪れる。暦はいろいろあるだろうが、やはり7の倍数にこだわっている。
1週間目、つまり7日という周期には何か意味があるのだろう。このようなことは今後解明されていくのだろうが、7日にも意味があるのだったら、他にも例えば方位だの色だのと言うこだわりには何か本当に意味があり、解明されれば思わず納得し、「そんな風だと思っていた」といってしまうかも知れない。
もちろん「風水ではこうこうしかじかだから〜である」と言い方に納得するのではなく「風水で言っていることの本当の根拠はこうこうこうで、このようだから〜であるのだ」という納得のさせられ方がいろいろな分野であるのかも知れない。たぶんきっとこのようなことは、宗教や民族を越えて人類共通のことになるのだから、徹底してある事柄をつきつめていくことは宇宙的な視野に立てることであって、すごいことだと思う。


2000年1月15日
バリの女性

昨夜はバリの女性スタッフ達が日本食に挑戦する気持ちがあるというので、日本食レストランに連れて行くことになった。クニンガンで休日を楽しみたいという雰囲気がある。寿司のわさびの効き方は鼻と目に来るので、以前イダはびっくりしてしまい、それから寿司は避けるようになった。申し訳ないサービスのしかただった。昨夜はその点は避けて、とりあえず食べれそうなものを選び、ちょっとずつ食べて、日本料理もよいものだと思わせるよう工夫した。結果は上々だった。冷やっこ、もろきゅう、ぎょうざなどから入り、串かつ、そして親子丼を分けた。デザートにはミルクとあずきの入ったミルク金時をおすすめした
ここで食の違いについて語るのではない。女性の環境についてである。聞くところによる話である。一部貴族階級に見合い結婚もあるが、だいたいが自由結婚である。カーストもほとんど無視しているようであるが、カーストの違いは儀式のときなどに、手続の問題(例えば名前を変えるとか)として現れてくるが、大したことでもないようだ。
僕の知る限り、かなり結婚願望が強く、出産願望も強いようだ。しかしながら日本のロック音楽の歌詞のような、病的とも思えるほどの恋への切なさや、恋での悲しみ、恋での歓喜、男女の心や神経や内臓等との一体感に焦がれるようなものではなく、おおらかさが感じられるような雰囲気を持っている。エッチな話などは穢れなものだとは思わず、恥じらい方も解放性が感じられる。個人的な幻想を共同の幻想や家族への幻想に収斂させているようだ。
結婚は村(パンジャール)の成員となるためには必須だから、つきあった男性とはひたすら結婚の道へ進むことになる。処女性も重んじられている。処女を失った女性はこの点が気持ちの上でひっかかるようだ。仕事については自分の代わりはいくらでもいるんだと思いたくない<個人意識>の強さはなく、仕事上などではいくらでも代わりはいるが子供を産むのは代わりはいない、という感覚。僕の言い方で表現すれば、そんなふうだ。
一生独身でいることは、村生活の成員権、ひいては葬式などにも影響するから、その点では制度としての強迫的なということになるが、彼女らは「強迫」などとは決して思っていない。どこかに抜け道なり、空気孔があって、窒息死はしなくてすむようになっているのだろう。
離婚もあまりない。僕の女友達は離婚をしたが、老後、死後のことが一番の悩みの種であり、既婚女性からの中傷も多く、夫を寝取られるではないかと心配する女性も多いようだ。
総じてバリの女性の環境は以上のようなものであり、付け加えるならば、よく働くなあと思う。これは数人との話の中での印象に過ぎず、体験的ではないので、その旨付記しておく。


2000年1月16日
贈与

世界の経済を平均化、あるいは分業化していくために、「贈与」という概念が新しく登場している。
富める国は、貧しい国にお金なり、物なりを援助の形で贈与する。お金を貸しても戻らなかったと言うメキシコやブラジルのような例から、贈与も積極的にとらえようという動きである。貧しい国から何もかも巻き上げてしまうための贈与ではなく、国々の自立を促すものだ。
スケールを小さくして言えば、ワイロも贈与の一種である。
バリの公務員の給料は低い。法律上、相続税や贈与税はないから、富める者はいつまでも富める者で、貧しい者が裸一貫からビジネスを興していくことは難しい。
観光業に参入してもうけようという人たちには、まだしも成金になっていく可能性があるかも知れないが、それ以外には、利息の高さから言っても易しいものではない。日本の公務員は恵まれているが、それでもワイロが起きるのだから、バリでは、日常茶飯事となっている。
多くの税を払う代わりにワイロ。許可をとるためにワイロ。商品を納めるのにワイロ。
これらの小さな贈与は当然経済に組み込まれていて、公務員たちの足りない給料を補っている。不正と言えば不正なのだが、仕方がないといえば仕方がない社会と経済のしくみである。
タクシーに高い料金をボラれる。買物の交渉で高く買ってしまう。それはお金を持っていそうな者にするので、我々日本人は毎日贈与している。
経済社会が発展していくと倫理観も変化し、ワイロはいけないことになるかも知れないが、世界規模からこの問題を考えるとサービス産業が発展してしまって後戻りできない。
国は、贈与を行って、農、林、水産物など、それぞれ分業になりつつある国々から分けてもらい共に仲良くやっていくしか、今見出せる解決策がなさそうである。
小さなスケールの点では、贈与は禁止の方向に行きそうであるが、大きなスケールでは、贈与が責務のようになってきている。


2000年1月17日
LIZA HANIM

のびやかな声で、テレビから聞こえてくる歌は、スンダ(インドネシアのダンス音楽)のような気もするし、西洋の雰囲気もする。またどこか日本の歌謡曲〜ポップスの雰囲気もするが、とにかく歌がうまい。声が限りなくでるようで、曲線を描くようにのびる歌声は天性のものだろう。テレビ画面から急いで歌手の名前を写し取った。LIZA HANIM(リザ・ハニム)という。
翌日、スタッフに聞くと、みんな知っていた。マレーシアの歌手だという。今、バリでも人気なのだそうだ。
もう一人いる。SITI NURHALZA(シティ・ヌラールザ)。LIZAよりももっとポップスぽくなる。この歌手もまだまだうまくなるだろう。
ポルトガルの大衆歌謡がアマリア・ロドリゲスによって芸術の域にまで達した。
西アフリカのモルナはシザリア・エポナによって喝采を浴びるようになった。
スンダ系の音楽(今のところなんと読んでいいかわからないが、たぶんジャンル名がでてくるだろう)にも、世界に通用していく人が現れるのだろう。
「これは良い」と思うときには、その歌や歌手は、もう時間の問題で昇りつめる寸前のところだ。シザリアを知ったのは、リスボンでアルファーマの店だったが、1年後、彼女はマイクロソフトのビル・ゲイツやクリントン大統領たちに招待され、歌を披露している。
まもなく、日本でも発売され、CDの種類の多い都会の店には、必ず3〜4枚程のアルバムが店頭に並んでいた。
きっと、LIZAは世界的な歌手になっていくと思う。
美空ひばりのうまさとホイットニーのうまさをイスラムで乗けてしまったようなうまさである。


2000年1月18日
悪霊

例えば、アクエリアスホテルの場合、レギャン通りに面してホテルがあるにもかかわらず、通りからホテル内が見えないようにしている。わざと木や障害物を作り、見えないようにするのだ。これがあるために、ホテルなのか何なのかわからない。
クタ・パラディソもやはり通り沿いにフェンスがあって、車の出入り口が、そのフェンスの両横にあり、ホテルの玄関はちょうどフェンスの裏側になる。通りからは、玄関は見えない。
アクエリアスのオーナーに、あの植物や階段(フェンスになっている)をとってしまったら、ホテルとよくわかるのでないか、と言ったところ、笑いながら、「ノー、ノー」と言う。悪霊が入ってくるのを、その障害物が防ぐのだと言う。
NHKのバリ特集で、ウブドの宮殿に入るところがあったが、門扉を開くと壁のような障害物があり、そこにランダの石彫があった。奥に進み、また扉をあけるとランダがいた。
これは、単なる宮殿だけでなく、住居としての建物の場合、風水的な発想が信じられているのである。アクエリアスのオーナーは、ホテルの敷地内に住んでいるからそうなるのだろう。
たとえ、オーナーは住んでいなくても、大切な命を一時にせよ預かるのだから、ホテルも一様に同じである。僕らの方から見れば、何と非効率な、と思ってしまうが、彼らにしても本当はよくわからなく、そう言われているから、という説明になるのだろうが、これを科学的に証明してしまう日が来るかも知れないと思っているので(例えば、磁場の関係とか)彼らが正しいのかもしれないから、笑って、そうか、そうかとうなづくだけである。
今日もまた推測に過ぎないが、バリならバリという島で、昔から信じられて行われているものは多く、その土地の”地球上の位置”そこから生ずる地理的風土と関係しているかもしれない。
いつでも西方浄土に行けるように、西側をあけておくとか、北枕は死んだ時にするものだとか、日本にもいろいろな信じ方、言われ方があるが、それは宇宙の中の地球の自転や公転、対極のことなどから、なんとなくそこに生きる人々は知ってきたのかも知れない。
本当の理由こそわからないが、なんとなく感じ、知ってきた目に見えない力を、例えば一つの例として「悪霊」などと呼んだ。
誰が気づき、誰が言い始めたのか、人間の生活の積み重ねとして、現在に至っている。
不思議としか言い様がない。本当の理由はわからないのに信じつづけるということがである。馬鹿にしているのではない。本当に不思議な共同幻想である。


2000年1月19日
子宮の村

バリ島の隣りにある島、ロンボク島が不穏だ。キリスト教の教会が、次々と焼き打ちされ、昨日は中国人たちの店が略奪され商品などが焼かれた。
先だってバリ島では、扇動者が入ってきて暴動が起こるよう仕掛ける恐れがあることから、インフルエンザのように伝染してゆく、政治的、宗教的対立を食い止めようとあの手この手で守ろうとしている。
最近ロンボク島が人気上昇中だったところで、この騒ぎだ。
バリの住民も今回は、東ティモールやアチェなどとは違う動揺の仕方をしている。誰に聞いても心配度が高まっている。
最近ボーイフレンドができて、ウキウキしていたブックツリーのスタッフ、ロティはショックだった。彼が軍人だったため、ロンボクへ派遣されたのだ。毎日電話でやりとりをしているようだが、ロンボクの暴動は激化しつつあることから、心配でしようがない。
「インドネシアジン、セイフノホウリツ シンジテイナイ。ビレッジノホウリツ、キビシイ。ダケド ビレッジのホウリツ ノ ホウ シンヨウ スル。シガラジャ ニ カエリタイ、 ダケド イマハ クタ デ コトバ ベンキョウ デキル。」とホテルの従業員のマデは言う。村の中で、村の人々の間でワイワイガヤガヤと生きてゆくことの楽しさと平和に吸いよせられている。村が温もりのある第二の子宮のように思っているようなのだ。


2000年1月20日
核家族化

家を出て、核家族として暮らすこと。これがほとんどの若い夫婦の希望である。お金さえ貯まれば、彼らはまずそれをしたい。家を借りる場合もあれば、立てる場合もある。
日本のように急速な経済成長をすれば、彼らの希望も現実のものとなるのだが、この2年、バリではつまづいている。物価は4倍になり、失業率が高まり、青息吐息の状態である。
若い二十代、三十代の夫婦は、子供たちを大学に行かせたい思っている。
だから、ウブドやギャニャールからでも給料面で待遇がよかったら、一時間かかってでも、レギャンまで働きにくる。共働きの女性として同様である。交通手段については知恵を出し合い、例えば、僕らのスタッフのダユという女性の場合なら、ギャニャールからサヌールのプトゥの家まで30分かかってバイクできて、プトゥに車で会社まで2〜30分、という風に。帰りは、プトゥの仕事が遅くなったとしても待っていなければならない。それでもである。お金を貯めて、親の家を出たいのである。
アメリカや日本のように、ローンをしてでも払えていける裏づけとなる経済成長があれば、なんとかなっていくのだが。宗教的な事情、村の掟などから、効率の良い経済活動はやりにくいから、彼らの希望は容易には達成されないだろう。希望があってもしかたなしと、耐えてゆかなければならない。
親の家を出たいのは、自分たちに割り当てられる敷地内のスペースが少なく限られているからだ。
長男坊は、出たい希望があっても親の老後の面倒を見る、という習慣があるから、余計難しい。
バリは、停滞の気分が漂っている。外国からの投資を待つ気分も強い。できる限り、外国の資本でではなくて、自国資本で産業を創出し、雇用を増やしたいところだが、うまくやれないところがある。
バリ人の多くのオーナーは、仕事に精を出さず、セレモニーなどに忙しい。働く人と共に豊かになっていこうという気分も見受けられない。
高度経済成長は、夢のまた夢のように思える。