21.鉄の市

 UBUDの外れに居着き始めてから程なくした頃。
毎日朝・昼・晩と出向く近所のワルンに、朝だか昼だか晩だか出向いた私は、若かりし頃から今日までの取巻きである<昔は青年、今はオジジ>達を相手に<昔は看板娘、今は看板オババ>が一説ぶっているのを元青年現オジジ達と一緒に聞かされていた。
「なんでもさ、UBUDに鉄でできた屋根付き・壁つきの<市>ができたらしいんだよ。こんなに歳食ってなきゃ行ってみたいんだけどさ」


 その当時..といったってほんの6〜7年前のことである。
俗に言う<UBUD>とは、隣り合った幾つかの村の集合体を指して言う。
今ならバイクで10分程走って行ける所でも、昔から移動手段と言えば<歩く>に限るオジジ・オババにしてみれば<よその村への進入>ということもあって何とも遠い所であるらしい。
なんたって、日本の話を語らせられた時に<ジャパン>というのは知ってても、その距離感が無い彼らオジジ・オババ。
「ベモ(乗合小型ヴァン)で幾らの距離だぁ?500ルピアか?」
と聞くオババ。
「おめぇよォ、ジャパンっつうのはよォ、知ってんだかぁ?遠いんだてばよォ。 1000ルピアはすんにきまってんだべよォ。 なぁ、ジャパンのねぇちゃんよォ?」と別のオジジ。
<乗合>の値段が徒歩だと約40分の距離で200ルピア前後の時の話である。
<鉄の市>はワルンのオババにしてみれば死ぬまでに行けるとも限らないところだったのである。


 ある日、気分転換にUBUDまで散歩に出かけた。
途中、疲れ果てて乗合に乗った。
程なく揺られ.気付くといつものように・・・・間違えて、逆方向へ向かっていた。
「あれま、また間違ったよ。ここで降りなきゃまた訳のわからんところへ連れて行かれる」と降りた地点の目の前に何やらどでかい建物がりんっ、とすましていた。
これだ!
私はこれがオババの言っていた噂の<鉄で出来た市>だという確信があった。


「おババ、やったよ! 遂にたどり着いたよ。 くっ...うう...」
別に捜し求めていたわけでもないのにパイオニアーの心境になる。
感動にひたるのもそこそこに「では、どれどれ」と新しもの好き丸出しでプリプリと尻を振りいそいそと中へ入っていった。


視界に現れたものは規則正しく並ぶスチールの棚。
「はっはぁん。これはスーパーマーケットってやつですね。ナルホド..<鉄で出来た市>だわな。こりャ。」 ワルンのオババの言葉のセンスに感心しつつウロウロ、キョロキョロ、チョロチョロと物色開始。


商品が配列されてなくて空の棚だけが置いてある列もある。
生鮮類は一切無く、冷蔵品・冷凍品も無し。
あるものといえば、粉ミルク、菓子、ボトルのジュース、洗剤、石鹸、...とかそんなもん、常温保存可能なものばかりだった。
然も値段は<市>より高い。


 村に戻った私はこの村からの初の<鉄で出来た市>到達者として、ワルンにたむろしている村の衆の前で自分が見てきたものを語らせられた。
始めは質問攻めにあって....気付いたら自ら得意になって。


 何ヶ月か経って何の気になしにまた行ってみたら冷えたジュースが売っていた。
暫くしてまた行ったら果物があった。
んで、チョクチョク行ってるうちに野菜が増えた。
そして冷蔵設備が整った。
その内チルドコーナー等も増えた。
この<鉄の市>の歴史を見てきた私はその成長振りにこのまますくすくと育っていて欲しいと願った。
その反面、UBUDがそんな風にして近代化して欲しくないとも思った。
先進国から発展途上国に来た外国人が抱きやすい勝手な郷愁である。
だったらおまえが来んな...ってなもんだ。
先日久しぶりに行ったらなんと、フレッシュブレッド、ダンキンドーナツの一角まで登場していた。
「あ〜ぁ、こんなに立派になっちゃって..。」と複雑ながらも感無量。
然も値段も市より安くなっている。
「鉄の市」は本物のスーパーマーケットになっていた。


 40年間、毎日かかさず市に行く超常連のオバちゃん達がその才を限界まで発揮してハッタリをかまし、時には罵倒を浴びせ、浴びせられ、イライラ、ぐったりするまで値切る必要はないのだ。
そんな労力など使わなくても無口で落ち着いて、朝寝坊したって買い物が出来るのだ。


この鉄の市、いや、スーパーマーケットで、市で店を出している乾物屋のオバちゃんに会ったこともある。
「はは〜ん、ここで仕入れているのか。」
オバちゃんはなんだか恥ずかしそうだった。
だって動きがそそくさとしていた。


 あの村にはもう何年も行っていないけれど、あのワルンのオババはあの日私がぶった<市より高い 鉄で出来た市>には未だに行ってないだろう。
そして未だに「高いんだってさ..」とかなんとか取巻きのオジジ達や近所のオババ連中に言いながら自分を慰めているに違いない。
 「死ぬまでには連れて行ってやるからね オババ...」と栄誉ある初の到達者の私はいつも思う。