16.水難

我が自宅の水浴び場には100リットル貯水可能な水瓶、水壷、120リットル入る私よりでかい体格のプラスティック壷がある。
台所にはプラスティックの100リットルプラスティック壷。
それぞれは常に水が満杯に満たされている状態である。


水溜めは常にあふれる程の満タン状態でなければならぬ。
水溜めの縁まで1ミリとて余裕があってはならない。
柄杓一杯の水を使っただけでもすぐに補給する。
まぁ、せわしないこと。


病的とも言える貯水癖はかつて水難生活者だった頃のトラウマでありましょう。
そう専門家は言う。(だろう)


 以前田んぼのど真ん中に住んでいた。
道路からクネクネクネクネ、もっとクネクネクネクネ、更にクネクネクネクネ。
人一人幅の畝をつたってかなり行く。
送ってもらった時は畝へと続く手前で降りて「それじゃ」と草むらに消えていく。
道路から畝は見えない。
その先に家などあるようにはとても思えない。
しかも墓場の裏手へと入っていく。
人は私を田んぼに住む妖精と思っていたかもしれない。
いや墓場に住む死霊の類だと思っていたかもしれない。


その頃は<原始生活>に憧れていた。
比較的<便利な原始生活>に。
電気も水も一応来ていた筈だがそこに住んでいた間中殆ど使用しなかった。
というかできなかったと言おうか。
電線はあるのに点かないのだ電気が。
水道管はあるのに来ないのだ水が。


電気は問題ない。
陽が落ちてからはロウソクで灯りをとっていた。
真っ暗になる(多分20:00前後)にはすでに寝ていた。
これといって不自由はなかった。
音といえば虫やカエルの鳴き声と家の周りの水路を流れる水の音が聞こえるだけ。
あまりに静か過ぎてたまに怖かったことを除けば返って夜の余韻を味わえた。
一日に最低でも一度は「幸せ」な気分に襲われた。
その贅沢を噛み締めていた。


問題は水である。
毎日水難に見舞われていた。
水難といっても床下・床上浸水だとか、洪水だとか水があり過ぎる故に起きる水難ではない。
水がない故にの難である。
入手が困難だったのだ。
水上生活者ならぬ水難生活者だったのである。


雨季は問題ない。
1日に最低でも1回は水道から水が来ていた。
おまけに家の周囲の水路にはタプタプ豊満に水がある。
オアシスだ。
洗濯ついでに水浴びも出来る。
初めの頃はブツブツと赤い発疹ができたりしたがそのうち免疫が出来たらしい。
人間はすごい。
それに味をしめこの茶色いオアシスに入り浸っていた。
衣服・食器・体と何でも洗う。
閉めにはバケツを持って何度も往復して家の水浴び場にある水がめにせっせと水を貯めていた。
ああ、偉大なる私のガンガーよ。


ある日、水路で髪の毛を洗っていた。
うつむいていたので誰かは見えなかったが誰かの足が見えた。
細く、黒く、しわしわとそれまでの歩行距離を物語っている足。
障子張りに似ている足。
皮のみが骨組に沿っていて、これ以上は張りようがない程ピンっと張っている。
アキレス兼のストレッチなんかしたらパチンッと裂けるに違いない。
「これはどっかのババさまだ」
ま、私のプライヴェート水路でもないんだしここは偉大なるガンガー。
ここはひとつ仲良く。
そのバアサンらしき人は水浴び及び洗濯をするのだとばかり思っていたのに視界に入っている使い込んだ2本の足は仁王立ちのまま一向に動き出さない。
顔を上げてみると山積みの木の枝を頭に載せたババが真っ赤な歯茎で「ニッ」。
「あれま、すまんすまん」と言っている。
「何がすまんのだ?」と思ったときは遅かった。
サロンをぺロっとめくって立ちションベンの最中だった。


またある日のこと。
その日はいつもに増して水量が多く水流が速かったというのが理由で、いつもに増してリッチな気分で洗濯をしていた。
豊富な水は人を幸せにする。
そしたら上流からものすごい速さでうんこが流れてきて過ぎ去っていった。
間違いない。
人間のうんこだった。
しかし川は流れている。
浄化作用があるらしいし一瞬の内に通り過ぎていったから何ともない。
これがどんぶらこ、どんぶらこ、とのんきにやって来てまたどんぶらこ、とのんきに去っていくうんこでなくて本当に良かった。
有難う、偉大なるガンガーよ。 そして乾季。
水道から水は全く来ない。
何日も何週間も蛇口を開けっぱなしにしてたって一滴足りとも落ちてこない。
オアシス水路・偉大なるガンガーもカラカラの干ばつ状態だ。


飲料水は買えばいい。
しかし水浴びはどうする?
水浴びをするだけの水を買えというのか?
まてよ。
隣はかなり深い井戸を持っていた筈だ。
隣家へと出向く。
おずおずと出向く。
歓迎としか思えない笑顔とともに快く水浴びをさせてくれる。
それも2日目まで。
3日目には歓迎の笑顔が何だか泣き笑いのように見える。
「うちも水が足りなくなって....」と申し渡される。


どうしようか。
友人宅で水浴びをさせてもらおう。
タオルを持参で行く。
友人が住んでいる地域は水が豊富だ。
断水など殆どない。
すぐ近くにはどでかい川もありおまけに水源まである。
私一人が水浴びすることなんてなんの問題もないではないか。


そしていい気になり過ぎると必ず問題はやってくる。
こう毎日毎日会っていてはいいかげんにして欲しくなる、というのが唯一で最大の問題である。
友人がこのように感じるのは当然だ。
当然でないのは世話になっている立場の私も同感だったことだ。


ま、しかし、こういうことに関してはいやに頭がまわる私は数人の友人を日替わりで訪ねるという策を思いつく。
そうして来る日も来る日も夕方になるとUbud近辺に必ず現れるルンペン、もとい、さ迷い人と化した。


そんなことはあんまりなかったが友人がうちに来たとき。
飲料水は買ってきたミネラルウォ-ターがあるからコーヒーぐらいは出しましょう。
でもコーヒーを飲みすぎたってトイレに行こうなどとは思わないで下さい。
ましてや夕方になったって水浴びなど期待しないで頂きたい。
本心はその前にお帰り願いたい。
私はこれから水脈を探しにいかなければなりませんので。
それより貴方の家に移動しませんか?
タオルは持参しますからご心配なく。


こうして数日置きにタオルをクビにかけやって来るはた迷惑な友人はお蔭様で乾季を乗りきりました。
この雑文にて御礼のご挨拶とさせていただきます。


 ただ気掛かりなのはまさか今の交友関係の狭さはあの日々の所為ではあるまい。