| 重い。 身体が重い。 顔はむくみ、指もむくみ、便は不通ということは腸もむくんでいるに違いない。 1〜2日前から食欲が異常に増し1時間毎に何かをむさむさと食っている。 酒愛好者には嬉しいことに飲んでも飲んでもまだ飲める。 んで翌日は全てが腫れぼったい。 これらは何の前兆かというと満月・新月の前ぶれなのである。 月は引力、重力を左右するというのはこんなわしでも知っていた。 <満潮・干潮>とか、<人が死ぬ時も生まれる時も朝方が多い>や、<満月の夜は狂いやすい>とかさ。 今日11月30日は新月である。 身体は重いどころか鉛を引きずっているようである。 鉛を引きずったことは1度もないのにこの表現は真実味に欠ける。 こういうのはどうだろう。 「真夏のある日、日焼けして火照った身体で食いすぎ、飲みすぎで16時間も寝てしまい起きたら寝違えてた」うーん、いいねぇ。 そんなかんじである。 満月・新月は15日周期で順番にやってくる。 月はこの15日周期というタイムスケジュールをきっちり守っている。 勤続年数が何光年かは知らないが、遅刻・早退・欠席をしたことはただの一度もない。 月蝕というのもあったがあれは姿は見えなかったが出勤はしていた。 月はこんなまじめな勤務態度なのに私ときたらどうだろう。 毎月3回は必ず陥るこれらの症状から「あと2〜3日で満月だ」とか「このむくみは新月前だ」とか事前に認知した試しがないのである。あぁ、恥ずかしい。 人間は学習する生き物である筈なのに私にはそれが適用されてないのはどうしたことだろう。 あぁ、情けない。 もうひとつKajeng Kliwon(カジェン クリオン)という日もある。 Kajeng Kliwon(カジェン クリオン)とはウク歴で15日置きにくる日のことでバリでは「この日は悪霊がウロウロしているから夜は外に出ない方がよいよ」などと言う。 だからと言ってこの日の夜は外に人がいないかというとそんなことはない。 「言ってみただけ」ということなのか。 この日もやっぱり身体はおかしい。 そしてやっぱり当日か次の日辺りに「あぁ、やっぱりKajeng Kliwon(カジェン クリオン)だったか〜」と、なる。 このKajeng Kliwon(カジェン クリオン)も果たして月と関係あるのかどうかは知らない。 知らないでは済まされない。 調べもしないでこのような文章を書いてしまうのはどうかと思う。 反省もしている。 だが今さら止めるわけにもいかない。 調べるのも面倒くさい。 だからこのまま続けよう。 私に起こるこのような異変をバリの月の所為にして「バリの月は不思議なパワーが ウンヌン カンヌン..」と神秘めかしてしまったほうが何だか楽しいが何だか違う気がする。 多少の磁気の強弱はあるにしてもその影響力は日本もほぼ同じだろう。 違うとすればそれは<意識>だろう。 人々が月を意識しているから月も意識する。 私が人一倍、暗示にかかり易い人間だということはこの際置いとく。 日本だって昔は人も月もお互いを意識していたのに。 月のパワーを崇め、そして恐れていたのに。 現在は崇めるどころか恐れるどころか、意識すらしていない人が大半だろう。 「おっ、今日は満月だな、おい、おまえ」とか「あらっ、15日振りの新月よ、あなた」などの会話を15日置きにしてる人がいるだろうか?している人がいたらそれは謝る。 すまん。 でも月を意識する人の絶対数の減少が月をいじけさせているのはほぼ確かだ。 そりゃそうだ。 あーた、月の身にもなってごらんなさい。 無視されても誰にも意識してもらえなくても、欠勤するわけにも行かず1人屈辱の日々を送っているのです!これで出社拒否にでもなったらどうするんですかっ? そして、一度こうと決めたらてこでも動かないがんこな性格だったりしたらどうするんですかっ? 責任の所在はどこにあるんですかっ? ...何だか月をかばってしまいました。 バリではこの満月・新月・Kajeng Kliwon(カジェン クリオン)の日はお供えが豪華になるから遅くても当日には気付く。 ..筈だが私に限って言えば気付かないこともある。 ....っとまぁ、人生の貴重な一日を重く腫れぼったいコンディションでクリアするのだが、気分は何だか満足である。 この己とて未だ自然の摂理に左右されている<お釈迦様の手中の孫悟空状態>。 自分より大きな存在があるということはそれに頼ったり、それの所為にしたり、逃げ道があるって訳で楽である。 孫悟空もそう思っていたかどうかは知らんが、まぁ、言いたいことはこんなとこである。 |