04.美味しそうな彼女の経験

RiekoさんがBALIに転勤してきてからOfficeが面白い。
何が面白いか。
Riekoさんとバリ人スタッフのやりとりである。
双方の反応である。
日本人であるRiekoさんの反応。
Bali人であるスタッフ達の反応。
見ていて、聞いていて、飽きもしない。


昔、発展途上国駐在員や移住者の書いた体験本を貪り読んでいた時期があった。現地の人たちとのスピードの違いや、常に先を考えている日本人と今日、今、目先のことしか考えない現地の人達についてや、嘘だとしか思えないほど次から次へでてくる家族、親戚の人数の多さに付いてや、やることなすことやる気のなさそうな現地の人たちの態度や言う事のいい加減さ、怒りを表に出すことの罪深さなどである。
当時とにかく一刻も早く外国で暮らしたくてうずうずしていた私にとってはどれも興味深い内容だった。
といっても別に駐在員として暮らしたかった訳ではない。ただ私にとって未経験の、違う言葉や違う価値観を持つ人達の住む未知の世界での暮らしとやらに興味津々だったのである。見るものやすることなすこと全てが知らない違う世界に行って<違い>を楽しみたかったのである。


それが、あれから10何年経った今、わたしにとってもう未知の世界ではなくなりつつあるこのバリで、かつて本で読んだ内容が毎日<ライブ>で観れるのである。
初めの頃Riekoさんは...といったってつい1ヶ月程前でしかないがコミュニケーションをとるのに四苦八苦、もがいているような感じだった。<言葉>と<習慣の違い>の渦の中で。
最初の頃は英語をコミュニケーションの手段にしようとしていた。双方ともかなりあやしい英語を駆使して何とか通じ合っていたみたいだ。だがちょっと込み入った話になるとやはり間に合わない。そこで彼女はこう考えた(...かどうかは知らない)「言いたいことも言わんとストレスを溜めるこたぁないわい」(一応尾鷲弁のつもり)
一度そう思ったら今までのモヤモヤが吹っ切れてしまい急に気が楽になった。(...のかどうかも知らない)
それからというものは日本語一辺倒である。用件を言いつけるのも小言を言うのも褒める時も日本語である。
怒るときは更に日本語に拍車がかかり尾鷲弁にまでなる。とにかく日本語である。相手が理解してようがしてまいが知ったこっちゃないって感じで日本語である。
不思議と本当に伝えたいことは何語であろうと<熱意の賜物>で通じてしまうのだねえ。
それからの彼女の様子は何だかすがすがしい。楽しそう。
口を開けば2言目には「日本語を覚えたい」という”ただの口癖”を言うこっちの人達にしてみればここのオフィスでは<理想的日本語訓練ライフ>を送れるのである。しかも給料まで戴けるのだよ。


その証拠に一番年若いスタッフのロイはみるみるうちに日本語を覚えてきている。バリ人だけれどもこの国の公用語であるインドネシア語もあやしかった彼なのに。やはりRiekoさんと一番長くいる所為だろう。そしてRiekoさんもものすごい速さでインドネシア語をものにしてきている。ある日いつものようになにげない話をしていたらなんと、インドネシア語のコースに通い始めたというではないの!あんなに多忙の彼女がよく時間があったものだと感心する。
<人間「時間が無い」は嘘である> のである。


しかしRiekoさんが苛つく一番の原因はなんといっても習慣や思考の違いだと私は読んでいる。
例えばスピード。
彼女に限らず大抵の日本人ならきっと急いでいるときはその緊急度によって小走りー駆けるー走るとなる筈である。彼女は多忙な毎日の人である。いつもは大抵小走り。もっと忙しくなると駆けだす。急いでないときでも1歩幅が広く左右の足の入れ替わりが速い。右足の次に出そうとする左足が出番を待ちきれないかのように右足が戻ってくるや否や踏み出している。そのうち戻ってくるのを待たずに踏み出してしまうことにならないかと余計な心配をしてしまう。そんな移動形態の彼女をスタッフは初めの頃不思議そうに見ていた。<走っている人は泥棒と思え>という言葉があるくらい(ないけど)逃げる最中の泥棒くらいしか走る人はいないらしい。


ここのスタッフに関して言えば走るどころかすぐに仕事に取り掛かりさえしないのである。「OK]と二カッと言った後今までの仕事の続きをしようとしたり、違うことに取り掛かろうとしたり、果てはご飯を食べ始めたり。(これは脚色)
けしかけると「え!あぁそう、今だったのぉ」とのろのろと急ぎの仕事に取り掛かり始める。Riekoさんにしてみれば急ぎの用を言いつけても決して走らない彼らがニガ二ガしくてならないだろう。「走らんかい!」と尾鷲弁で。


話し合い、ミーティング等も彼女にとってイライラの種だ。「先日の件に付いて先方に電話を掛けたか?」と質問したとする。答えはYES/NOな筈なのに「Because〜」と始まるのである。そしてだんだんと話題は移り変わっていき「あれ?何の話だったっけ?」となり始め終いには双方ともYESなんだかNOなんだか、果ては何に付いての話だったか解からなくなってしまう。こんな時「あれ?」となり始めたら危険信号である。話している最中に腰を折っては失礼だなどとちょっとでも思ってはいけない。すぐさま会話をストップするか軌道修正を試みないとその<エンドレス独断講演>は明後日までえんえんと続くであろう。Riekoさんも何度かそんなめに陥っている。礼儀正しい彼女は「うんうん」と聞き入って迷路にはまっていた。


私は彼らのこんなやりとりを実は楽しんでいる。かつての自分を思い出しながらニヤニヤしている。微笑ましくて堪らない。


何かを初体験する機会は歳の数に反比例する。長く生きれば生きるほど知らないこと、全く未知のことというのは少なくなる。つまらない。実につまらん。


目当たらしもの好きで特に異文化体験が大好物な私も、知りたくて知りたくて直腸がワクワク、ウズウズ、ムズムズするような事に遭遇する機会が最近は滅多にない。バリでの暮らしが長くなればなるほどそんな機会は減ってゆく一方だろうなぁ。だのにだのに、Riekoさんにとっては殆どの事が未だ新しくて良い感動も悪い感動も含めた色んな種類の感動を味わっている。
羨ましい。
恨めしい。
妬ましい。
半分分けて欲しい。


などと彼女に許しも得ず私の見解のみで好き勝手に脚色までして書いてしまったが、このエッセイが次回で打ち切りになったなら書いてる人間も会社から打ち切りになったと思って下さい。


ちなみにRiekoさんは私の上司である。