02.バイバイウブド

 バリという名前を知っている殆どの人のバリのイメージはビーチ、サーフィン、クタではないだろうか?そして実際にバリ島を訪れる人たちの殆どはクタエリアが先ず最初に訪れるバリ島の地ではないかな?


私にとって始めてのバリはウブドである。
オーストラリアからティモール島、フローレス島などを経由して、初めてバリの地を踏んだ時から直行ウブドで、その当時はバリの名前すら知らなかったからバリのイメージなんて全然頭になかったし、こんなにもツーリストを惹きつける有名な観光地だってことも全く知らず、私と同じような物好きなバックパッカーがちらっと寄るインドネシアの島の一つとしか思ってなかった。
暫くしてクタという名を知るようになってからもクタは他の島のように思っていたしクタには長いこと足を踏み入れたことがなかった。
何故だかクタを避けていたのである。
食わず嫌いである。どうしてだかは忘れてしまったが、初めてのクタ遠征。
テッッシュを丸めて鼻の穴に突っ込むと抜いたティッシュが真っ黒になっている程の空気の悪さや、人や車やバイクでごった返している街の景色や、食欲を失うほどのねちゃねちゃしたたちの悪い暑さなどでうんざりしきった私は「もう2度とくるまい」と思った。いや、誓った。
それからはかたくななまでにクタ方面には行こうとしなかった。そのうちヴィザの用などで上京(?)を避けられないときが訪れた。そんなときは用件を済ませるや否や、速攻で、脇目も振らず、ただひたすらに恋しいウブドへと帰路を急いだものだ。


そして今。
あのような事故の後、<バイクには乗らない>、<職場の近くに住む>を条件に、私はバリへと、そして元の職場へと戻ってきたのである。まぁとにかく、山から下りてきたサルの如きわしは7年目にしてのクタデビューをしたわけである。
よりによって...。
「道人」という言葉がある。 本当はない。私が勝手にそう呼んでいる。「道人」...字面からしてなんとも高尚な感じがするではないの。...がしかし...。
[ 道人: michi−jin : 固有名詞  ]道に棲息する人達を指す。道でたむろしてたり、しゃがみこんでたり、座り込んでたりする人々のこと。寝込んでいるという強者もいる。カモを探しているジゴロや同じくカモを探しているトランスポートの運転手は除く。
この道人達、朝も昼も夜もいる。 ただいる。
とにかくいる。
ひたすらいる。
目的はあるのだろうがそんなこたぁ知ったこっちゃない。
ウブドも道人は棲息するけど道人人口においてはクタのそれと比較にならない。ウブドにも日本語をカタコトとしゃべる道人が存在するがクタの道人のペラスラさとはやはり比較にならない。
そしてクタの道人はすれている。 「そんな気取っていたって何もかもお見通しさっ」と体全体で言ってくる。...ような気がする。
道を歩く時は大抵気取って歩いている私だけがそう感じるだけかも知れない。
ある種の不便さを求めてウブドに住み着き始めその不便さを楽しんでいた。
生まれた時から便利な環境で、便利と共に育ってきたのであるから目新しかったのか。でも一度知った <便利> を完全に脱ぐことは殆ど不可能に近く、都合よく作り変えた<便利な不便さ> を、楽しんでいたとでもいおうか。
確かにクタは便利である。
便利だから高い。
高いけど何でもある。
なんでもあるから危険もある。
そして金がかかってしゃあないよ。
でもたくさんのバリ人が、他の島のインドネシア人がこの地に集まって来る。オシャレな生活に憧れて、一旗上げたくて、シンデレラストーリーを探すため、地方からクタにデンパサールにと移り住む。
日本の若者が東京に憧れるのと同じだよねぇ。たとえ狭い下宿でハンバーガーやコンビ二弁当やバナナの葉に包まれたご飯を食べるような生活でも“都会に住んでいる私”というナルシシズムに酔っていたいのだろうなぁ。
ウブドでは当然バリ人同士の会話はバリ語で行われるし殆どバリ語しか耳にしなかった。公語であるインドネシア語をあまり上手くしゃべれないバリ人も結構いた。単語などは外国人の方が知っていたりする、なんてこともあった。ところがクタではバリ人同士でもインドネシア語で話していることがしょっちゅうあるし彼らの友達の中には島外の出身者もいたりする。
ウブドでは考えられなかったことであるよ。
バリ人はバリ人同士で、他のよそのインドネシア人は知り合いにはなれても友達にはなれないらしい。
ヘタすりゃ目の仇にさえされてしまう。そりゃそうだよなぁ。
何がそりゃそうだかというと、クタ、デンパサールにはチャイニーズインドネシアン、アラビックインドネシアン、インディアンインドネシアン、と色んな民族の人達がいるのである。 
そして外国人。
インドネシアンゲイピープルもいる。
世界中の都会と呼ばれる所はどこもそうなようにここもまた、人種の坩堝なのであるのだなぁ。
人々はどんな格好のどんな人種を目にしても地方の人たちよりは大げさな反応をしない。というか、あからさまに表には出さない。見て見ぬ振りということを知っている。
慣れているから。 というより大げさな反応なんか示した日にゃぁ田舎モンだということがバレてしまうではないの。まっ、どんな事情で大げさな反応を控えているのかはどうでもいいけど、そういう態度はとても好ましいのだ。
私も含めた外国人にとってはグンと暮らし易い。
ジロジロと穴のあくまで見られずにすむというのはなんだか肩の荷が降りた気分だ。
ジロジロと見られていると何かご期待に答えなくては..などと思ってしまうのだがそういう使命感からも解放される。
穴が空かない程度には見られるが(外国人の運命ね、やはり)だいぶ気が楽だ。

「KUTA生活も案外楽しいかもしれんなぁ」 と思う今日このごろである。