01.あれから5ヶ月

 すべてのことには理由があるという。 なにかが起こるとその時にはそれがなぜ起きたのかがわからなくても時の経過を辛抱強く待ってさえいればいつかその理由は明らかになってくるらしい。起こることは起こるべくして起こったのだから受け入れるしかない。抗わずに流れに身をまかすのだ。


あれから5ヶ月...。 一時は危篤状態にまでなり誰もがAKIはじき死ぬだろうと疑わなかったあの事故から5ヶ月。 長いようでその通り長かった入院生活を終え無事生還した私にとって第2の人生は始まった。...などと気取ったことをいってみたりなんかしているがその第2の人生とやらも以前となんら変わらない。 よく死の淵から生還した人が突然沙悟りを啓いた僧のような人格になったりするらしいがそんなことも全くありゃしなかったようだ。走れない。 しゃがめない。 前かがみになってはいけない。...ということを除けばあとは何の問題もない。あぁ、そうそう、びっこなのを忘れてた。 日常生活の中で<走る>は、まぁ置いといて、<しゃがむ>、<まえかがみ>でなければ都合が悪い場面のなんと多いこと。


大体BALIの家具は一様に低いし、しょっちゅう物を落とすので拾うのにかがまなければならないし、そして未だBALIで大部分を占めるしゃがみ式トイレ。これは絶対に無理である。でも、家具は高さの合ったものをオーダーすればよいし、しょっちゅう物を落とさなければよいし、トイレはBALI人の家に行かなければ良いだけの話でやっぱり問題はないわねぇ。


日本と違ってラッシュ時の駅などないし周りの人に歩調を合わせなければ迷惑になる場面もない。ゆっくり歩いていようが一歩に5分かけて階段を上がろうが10分かけて下りようが誰も文句など言わないし迷惑もかけない。 それどころか健康体のBALI人と同じスピードかそれより速いかも知れない。まぁ ピョコタン では優雅さで負けるけど。


しかしそんなことに情熱を注いでいたりなんかすると注目を浴びた上、十分間に合う筈の時間に家を出たのにもかかわらず仕事に遅れてしまうことになんかなったりするので普通に ピョコタン することにしよう。 とにかくNYEPI後の、島の全てが浄化された後のBALIに私は戻ってきた。これもなにか理由があるのだろう。 ピョコタン、ピョコタン...。